幼稚園 小学校時代
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中学時代
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高校時代
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浪人時代
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大学1年
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大学2年
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大学3年 (前編)
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大学3年 (後編)
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大学4年 (前編)
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大学4年 (後編)
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なんと、演劇の役者活動を、3年からぱったりとやめた。
これは意外な選択に思えるだろう。
好きでやろうと決めた演劇。勇気を出して始めた演劇。変わってやる!と決意して始めた演劇。
妖怪人間から人間になる手段のなかで、もっとも効率の良いもの。
人前に出る訓練としては最高の舞台。
しかし、断念した。
理由はひとつしかない。
アナウンサーになるという目標が、すべてに勝っていたからだ。
1回演劇の公演があると、その練習量は半端ではない。
公演に備えて、だいたい、朝9時から夜の9時まで、週に4回、3ヶ月間練習をするのが普通だった。
舞台を最高のものにするためには、このくらいの練習は当然であろう。
大学2年のときは、演劇の練習のために、バイトをずらしたり、合コンの予定をやりくりして、膨大な練習時間を捻出していた。
なぜなら、大学2年のときの優先順位は、演劇がダントツで一番だったからだ。
だが、今度は違う。
優先順位は、アナウンサーになること。 これが一番。
確かに演劇は大好きだ。
だが、自分はプロの役者になれるほどの器があるのか。演劇で食っていこうという気があるのか。
そう考えた時に、自分にはあくまで演劇は趣味であることを改めて認識した。
サークルでは一番の大根役者。でも、演劇が好き。まさに、下手の横好き状態であった。(笑)
自分の能力では、まず将来、役者としては食っていけない。
それと比べて、アナウンサーは自分の演技的才能のなさを比較的ごまかせる職業だ。(笑)
自分は、役者としては、演技、動きともに全然駄目。
しかし、ハキハキしゃべっているから、セリフだけはまあ、わかりやすい部類に入ると言われていた。
じゃあ、アナウンサーなら声だけなのだから、役者よりはほんのちょっぴりだけだが向いているかもしれない。
そうプラス思考で考えることにしたのである。
向いていないもの同士を比べたとき、役者よりも、アナウンサーのほうが、それでもややほんのすこしだが上位。(笑)
じゃあ、役者ではなく、アナウンサーで頑張るほうが自分にはベターに違いない!
同じ人前に出る訓練ならば、演劇ではなく、アナウンサーの訓練をしよう!
今の自分には、アナ受験こそが、素晴らしい人間に近づくための最も効率の良い方法だ!
そう決意をあらたにした。
さらには考えてもみてくれ。
カラオケボックスの徹夜バイト(夜10時〜朝5時まで)が週に3回あるではないか。
これは、生活(家賃)がかかっているし、アナウンス学校のお金も必要だったため、どうしてもはずすことはできない。
さすがにいくら自分がバイタリティーには自信を持っているとはいえ、週4回、朝9時〜夜9時までの演劇練習と、週3回、夜10時〜朝5時までの徹夜バイトの両立。
これはいくらなんでも肉体的に無理だ。(泣)
残念ながら、大学3年のときは、演劇の公演には一度も出ることはなかった・・・
アナウンサーになる努力。
何も犠牲にせずに済む努力だと思ったのだが、当時は、演劇を犠牲にするしかなかった。
なぜ、ここまでしなければならなかったのか。
それは、自分にとって、まるで適性のないアナウンサーという職業を目指すことを決意したからである。
妖怪人間からアナウンサーへ。
妖怪人間の希望の星であった、逸見さんのように自分はなりたいのだ。
逸見さんが自分に与えてくれたもの、それを多くの人に与えていきたい。
それが自分の目標なのだ。
目標達成のためには、すべてのものを犠牲にしなければならない。
いままで、そうやって生きてきた。
しかも今回は、なんといっても、アナウンサーという超高倍率の人気職業を目指している。
以前も書いたが、アナウンサーの倍率は、だいたいキー局で1万分の1、準キーで数千分の1、ローカルで数百分の1。
しかも、合格者はたいていが各局で1人〜2人。
ちなみに、日本で最高学府の東大の倍率は3倍。 早稲田・慶応でも、倍率はせいぜい20倍くらいなものだ。
東大の合格者は、その年に文Iで600人、文II450人、文III350人。
理Iで1200人、理II300人、理III80人の、合わせて3000人くらいだ。
早稲田、慶応の合格者はもっといるだろう。(2万人くらいか?)
それに比べて、男性アナウンサーは、その年の内定者が全国でも50人に満たない。
NHKの大量採用(毎年20人)を除けば、民放全体でも30人くらいだ。
計算してみると、ある年度において、男性アナウンサーに内定するのは、東大合格よりも60倍も難しい。
さらには、早慶合格よりも400倍も難しいという計算になる。
アナウンサー試験に合格するということは、東大、早慶合格よりも、はるかに狭き門なのだ。
東大よりも60倍も難しい。まさに、想像を絶するとはこのことだ。。
その年代の就職希望者(15万人)のなかで、トップクラスの人材にならなければ、アナウンサーにはなれない。
確かに、15万人全員がアナウンサーになろうと思っているわけではない。
だが、アナウンサー試験に合格する奴は、15万人のなかでも、“こいつはすげえぜ!”という人材に違いないはずだ。
ちなみに、慶応大学のなかでアナウンサーになれる男は、毎年5人以内である。(統計的に)
ということは、ハイレベルの慶応大学のなかでも、トップ5にはいる男にならなければならない計算になる。
無理かもしれない。いや、客観的に考えれば無理に決まっている。
人としゃべったこともほとんどない。そのうえ、小さいころから、何をやっても人よりできなかった。
暗く、長い妖怪人間時代・・・
そんな自分がその年代の全国の大学生のなかで頂点を極めた人材になるなんて。
しかも慶応のなかにおいて5本の指に入る、いわば抜群の人材になるなんて・・・
考えれば考えるほど、自分がアナウンサーに合格する可能性なんて万にひとつもない
だが、やるしかない。
プラス思考でいくしかない。
大学受験のときだって自分はやれたじゃないか。 努力でどうにかなったじゃないか。
たしかに東大は駄目だったけど、慶応には受かるくらいのレベルにはなったじゃないか。
キー局はだめでも、ローカル局には引っかかるかもしれないじゃないか。
努力あるのみだ。
スタート地点が桁外れに低いけれども、やるしかない。
なぜなら、アナウンサーになるというのは誰に指図されたわけでもない。
自分の選んだ選択肢だからだ。
例えて言うなら、偏差値25からオックスフォード大学を目指す。
自分の適性を捻じ曲げる。
生まれながらの宿命さえも、自分の力で変えでいく。
手相だって、風水だって、自分の守護霊さえもオールチェンジ。 まさにそんな気分だった。
だが、“アナウンサーになってやるぜ!” と決めたはいいが
またしても自分には致命的な欠点があることに気づいてしまったのである・・
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